にほんしゅのせかい 言いたい放題


by sasatatsu

訃報 山根弘 杜氏 逝く

訃報である。
滋賀県に有る不老泉で知られる上原酒造で杜氏を務められた山根弘杜氏がお亡くなりになった。七夕の日の早朝と、お知らせにあった。
丹波但馬流の酵母無添加山廃を得意とした。特に通称赤ラベル「山廃純米三年原酒」は山根杜氏と上原酒造の蔵元による20年近いコラボの結晶である。
不老泉赤ラベルと秋田は不思議な縁で結ばれる。
秋田大学に鉱山学部があったころの事である。愛知県からこの学部の電気科を専攻しに来た学生、横井君が居た。電気で酵母の活性を失活させる研究をしていた。日本酒大好き人間で、酒の事を語ると激高のあまり涙が出る程の酒好きであった。マスターを卒業して電力会社に就職した。弊店はおそらく彼が就職した頃に上原酒造さんとお取引が始まったと記憶する。就職して2年目の横井君は稼ぎを貯めた二百万円を持って上原酒造へ出向いた。その場で二百万円を差し出し、「このお金で好きに酒を造って下さい。出資金の回収時期にはこだわりません」とやったそうだ。これを聞いた山根杜氏は横井君の意気に触れ「僕が育てる高嶺錦で山廃純米を造ろう」と始まったのが通称赤ラベルだったと記憶する。
搾り立ての本生を秋田で開けたとき、口に含んだ一部の人はあまりの酸に思わず吐き出したほどである。こだわりのあまり三年寝かせたのではない。3年も熟成してやっと呑めるまでにお酒が整うのだ。その昔、蔵元が少し困った顔で僕に話す事に「ささたっさん、この酒ですけどね、在庫が切れて貯蔵中の若いやつを出そうと観てみたけどあかんのやわ。ほんで、田舎にいる杜氏に電話して貯蔵温度を上げてみたんですわ。やっぱだめでしたんや。きっちり三年寝かせん事には。経営的には悩ましいこってすわ。」
その酒が今ではこの蔵の看板に育っている。酒と同時に飲み手も育ったのだ。一つの酒が育つのに杜氏は確信を持って醸し続け、蔵元は杜氏の腕を信じて20年近く我慢して見守り続けて今この酒が有る。
山根杜氏の身体は消えてもあの腕は上原酒造の専務に引き継がれあの風合いは赤ラベルファンの記憶にあたかも遺伝子の如く刻まれるであろう。
文化とはこうして紡がれ引き継がれ、そして昇華されて行く。職人の技の奥深さを目の当たりに出来る滋賀県の造り手は幸せである。
もと場で速醸の酒母の50センチ横に山廃酒母が立っていた。これをみて僕は「大丈夫ですか」と訊くと「ぬくみどりをやるから問題ない」と酒造りが楽しくて仕方ない風の表情を思い出す。
山根杜氏はこうして永遠の命を残してくれた。一小売として心して山根杜氏の技を残すべく努力したい。
http://www.youtube.com/watch?v=OFIkM0kp11Q
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Commented by みかわじろう at 2014-07-18 15:51 x
横井君は大学の後輩で前の会社でも後輩です。途中で彼は別の部門に移ったので一緒の職場になったことはありませんが、今は厳しい経営環境の中で頑張ってるようです。
Commented by sasatatsu at 2014-07-20 15:02
横井君の近況をお教え頂き、有難うございます。類は朋を呼ぶ
を感じます。
佐々辰 拝
Commented by 横井です at 2014-08-03 10:11 x
ご無沙汰をしております。一時期、体調を崩し酒が飲めませんでしたが、無事復活しました。呑み助の一助になればと思い、細々と社内で日本酒同好会を実施しています。
by sasatatsu | 2014-07-08 20:29 | 酒の味 | Comments(3)