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にほんしゅのせかい 言いたい放題


by sasatatsu

25BY美酒の設計への変遷

美酒の設計と言う酒がある。この酒の酒暦的な意味における歴史は3段階に区分してよいと思う。元々このお酒は平成5年頃、秋田市内の有力小売店7軒が有力酒類問屋の音頭取りでプライベートブランドを造ろうと『秋田美酒倶楽部』と言う会を立ち上げ、由利正宗を主ブランドとする本荘市(現・由利本荘市)の斎弥酒造に委託醸造したのが始まりである。
僕が(と言うか弊店が)『美酒倶楽部』に加盟したのはおそらく平成8年の夏だと思う。この頃に蔵の麴室の大改修が行われたのだろう。美酒倶楽部加盟寸前に美酒の設計を他店で買って利いた時に以前に利いた記憶のそれとは別物になって我が舌を疑った記憶がある。具体的には「美酒」の酸が路傍の石とダイヤモンド位の落差で綺麗なそれに変化していた。実際に蔵を訪問して色々伺うと、麴室の改修(ほとんど新設と言うべき)と酸の性質の変化が同調している。当時の資料を見ると麴米に美山錦で掛け米が吟の精を使い50%精米である。美酒倶楽部の弊店加盟時が酒質面からも倶楽部の運営面からも第二段階に入った時期だろう。
ここから美酒の設計の発展が始まる。先ず麴米の美山錦は使われなくなった。蒸し米の層を断面から見て明白に判るのだが美山錦は蒸し米の段階で色が付いている。これを杜氏は嫌った。加えてその成り立ちが、放射線照射による突然変異株である事も気に入らなかったようだ。美山を止めて代わりに美郷錦を使った記録が残る。秋田県限定だった会員店を県外にも広め、造るお酒も最終的には純米吟醸のみへと絞込み、原料米も「山田錦麴」に「酒こまち掛け」となり精白は45%となった。45%純米で価格は1.8L 3000円を維持した。この価格戦略をとったのは秋田で初めてだった。
酒質はというと、綺麗な酸はそのままに瓶燗火入れということもあって、硬質で透明な酢イソ系の香りだがそこそこ香ったような気がする。もっとも、今流行の香り系の吟醸から比べると地味ではあった。そもそも食中酒として開発されたので新酒生の発売も限定数とし火入れ熟成が本筋と、10月まで本格的発売を遅らせた記憶がある。ここまでが第二段階であった。
およそ実験してみたい事はやりつくした感が出てきた。製造元の「雪の茅舎」も高い評価を得るようになり「美酒」の取り扱い会員店も時代の変化と共に大きく変わった。周辺環境の変化とでも言うべきか、一旦「美酒」の製造は休止する事になった。それからの記憶がなぜか僕には無い。
そして今から4造り前に「新美酒の設計」が誕生した。これが第3期である。「美酒」を再開したきっかけは有り難い事に、一般消費者(特殊が有る訳ではない)からの要望が多くよせられたからと聞く。この蔵の山廃系の酒は麴米には原則として山田錦を使うと聞く。しっかりとした山廃には山田麴をゆずれないと言うのが杜氏の経験則らしい。それもあってか出品酒クラスは全量山田錦だがその下の一般市販酒クラスに全量山田錦の物が無かった。そこで新美酒の設計は全量山田錦とし精米歩合は半年の熟成を考えて55%とした。後は杜氏がやりたいようにやって頂く事とした。新美酒の一造り年は三石タンク2本と言う試験的スタートだった。二造り目は通常のタンク1.5トンで仕込んだ。酒の風合いは現行の雪の茅舎らしくベースに赤く熟した果実を思わせるカプエチを持ちつつそれを嫌味なく上品にまとめた物であった。
「美酒」の歴史は20年近くある。その愛好者は初心者ではなくどちらかと言えば「通人、玄人」だろう。とするなら、火入れ熟成の変化がよりハッキリする酢イソ系の酵母が良いのではないか。高橋東一杜氏の華麗なる金賞暦はそのままAk-1の歴史でもある。と考え三造り目はAK-1系統の蔵内保存酵母とした。13/07/01の弊ブログで絶賛した。そして四造り目がこの3月に本生で発売された。酵母は通常の雪の茅舎のカプエチ系へと戻った。冷えた状態で利くとカプエチでは有るが嫌味の無いこの手の酵母としては上品に調教されている。味は品温が低くてもドンと押し出す五味の塊とでも評すべきか山田錦ならではである。カプエチ系酵母は一般に酸が低いがこの「美酒」はしっかり酸がある。カプエチ系の好きでない僕だがこの姿も有りと認めてしまう。更にこの酒をもっと美味しく飲む方法を見つけた。
飲む1時間前くらいに口の広いグラスへ移して常温で放置してやるのだ。カプエチの化粧の下にあるこの蔵独特の緩々と立ち上がる百合の花のように仄かに優雅な立ち香とずんと押し出す酸が口を引き締めてくれる。飲み応えと言うか含み応えがある。これなら火入れ熟成も期待できよう。
「美酒」の歴史まがいの文になったが時の流れと共に確実に酒質が変化してきている。即ち「昔からあった美酒の風合い」などは無いのだ。
名前にとらわれることなく眼前にある酒を「その物」として観察して頂きたい。居酒屋の通と酒の通は番地が違う。
1.8Lで3300円 720mlで1650円 あたりが小売価格となる。
by sasatatsu | 2014-06-03 19:08 | 酒の味 | Comments(0)