にほんしゅのせかい 言いたい放題


by sasatatsu

共謀罪についてのメモ

夏酒について具体的な話を用意している。当方の専門は日本酒ゆえ、その在り方、有り様を考えるのが「仕事」だと思う。酒に関係無い文も実は、奥深くで「文化」で繋がると希望的観測である。

今回は全く酒とは関連しない。ウソを真実と言いくるめられるという意味では「文化」で繋がるかもしれない。

所謂、「共謀罪」関連法が多数のおごりで成立した。間接代表制民主主義に於ける立法作業は最後には多数決で決される。

しかし、その多数決でもってしても侵すことが許されない物の代表が憲法に定められた人権である。立憲主義の根本である。

実力(即ち暴力)で富の分配を行なった来た不幸な歴史を学習し、実力の代わりに論理と言語でもって富の分配を決めよう。

と言うのが赤裸々な民主主義のハラワタである。この制度の結果がたとえ不正義・不合理・でたらめ(もりかけそば)であっても、言論戦を通じて体制を入れ替える可能性がある限りそれに従うのが道理である。しかしここには譲れない大前提がある。思想信条の自由保障とそれの実効性担保としての言論・表現の自由が担保される事である。「実効性担保」と書いたが、判りやすく例示する。江戸時代にキリシタン弾圧の方法の一つとして「踏み絵」があった。非クリスチャンであるという内心を証明する為に、マリアやキリストの絵を踏むという表現行為を強いた。思想信条の自由と表現行為の自由とは表裏一体であると言う例である。

そこで、「共謀罪」を初心者として考えると、その名の通り犯罪行為の共謀という人の内心を捉えて犯罪として摘発する刑事罰法案は、刑法概念の本質、即ち犯罪行為とは基本的に「実行行為」である、に遡って慎重に議論さるべきである。間違っても当該法案担当大臣が答弁に躓く事態は認められない。

森友・加計問題とは次元の違う問題である「共謀罪」法案が同一レベルで国会で議論される事の意味を「べらぼうだ」と何故吼えないのか。言論機関は自分の首を絞めている。

以下に『10秒で読む日経』というメルマガの17/06/15の記事を引用する。

ポスト・トゥルースだオルタナティブ・ファクトだと言を弄する事は止めよう。簡単な言葉がある「大嘘つき」につきる。

以下引用

2013年に「東京はいまも2020年を迎えても世界有数の安全な都市」と言った人が 「共謀罪を成立させなければ国際的組織犯罪防止(TOC)条約に加盟できない、TOC 条約を締結できなければ五輪は開けない」と言を変えて上記法案を成立させた。 尚、TOCの立法ガイド執筆者は「条約そのものは、プライバシーの侵害につながる 捜査手法の導入を求めていない」「新たな法案などの導入を正当化するために条約 が利用されてはならない」と日本政府を非難している。

 最大の問題は、衆議院で法案提出者が嘘を並べ立てた上で採決し、緊急時にのみ 適用される「参議院での審議省略」で法案成立させたこと。つまり、国民の99% 以上が、この法案がどんなものか知らない事。

 世界の民主主義の始まりは、13世紀にイギリス議会が出来た後も王がマグナカルタ を守らなかった事から、王及び議会が、国民に対して自らの政策や事実を国民に 説明する責任(アカウンタビリティ)があることを認めてからだ。

 責任という意味のレスポンシビリティ(responsibility)と言う語は、責任の範囲や 責任を果たしたかは自分が決める性格であるのに対し、アカウンタビリティは、相手 方が責任の範囲や責任を果たしたかどうかを決める性格のもの。

 つまり、人は授権されたものに対して、神に対する申し開きをする最後の審判のよう に重い意味を持つ性格のもの。

 アカウンタビリティを発揮しない議会を持つ国は、それがタテマエは民主制であって もその実相は民主制ではない。

 だからこそ、もりやかけなど、蕎麦にいる近い人のみが優先されるのだろう。

 今朝の行動で、与党がどのような考えを持ち、どう動くのかをあなたは理解された。 その目で与党改憲草案をお読みいただきたい。http://constitution.jimin.jp/draft/

 9条に項目を加えるとか、教育の問題が些末な話題だと気付くことだろう。

 ある日突然、国防軍最高司令長官の内閣総理大臣が、緊急事態宣言し、選挙を停止し 今の議員のままの国会が永久に続き、国会無用で内閣が自由に法律を施行できるのが 草案の最大無二の柱。(9条2項、98条、99条参照)

 独裁制、王制が、国民がアカウンタビリティ欠如に無関心の内に誕生する。


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# by sasatatsu | 2017-06-16 12:34 | その他 | Comments(3)

労働はコストか

売らない酒屋と巷間、揶揄されるらしい。実体は売らないのではない。例えば

「御遣物で720ml、予算は5千円」と相談されたとする。

「ナナニーで5千はご自分で楽しまれる時のお酒です。他所様に差し上げるとすれば弊店なら3千円で良い物が出ますよ。」

とやる。顔の判る向きに5千円の酒は中身を御理解いただけると安心して「嫁に出せる」。どんな嗜好かも判らない人へ6千円の「知可良」を奢ったとしよう。

「薄い酒だな」と思われたら酒が勿体なくて・・・・。客を選んでいると言う意味では売らない酒屋かもしれん。

昨日の事だ、言葉の意味のままの「売らない」をつい激高の余り。

『埼玉の大酒呑みの知り合いに秋田の辛口を』と若いオノコの二人組み。「辛口ねー」と思案六歩の最中に、当該大酒呑みが女性だと判明。お手頃でギンジョーと判る物であまり出回らないとして飛良泉ナンチャッテ吟醸の「吟´」を勧めた。

レジで件のニイチャンの一人が言う。

「送りたいんだけど送料は、タダ?」

「君きみ、自分で言ってることの意味が判ってる?」

「・・・・・?」

「人の働きに対価を払うのは当り前でしょ。送料タダが欲しければお向かいのスーパーとか百貨店とか行かれたら。」

と言ううちに怒りがこみ上げてきた。この酒だって司つかさの汗の結晶だ。人様の労働を単なるコストとしか見ないこのクソガキにおいらの大切な酒なんぞ渡してなる物か。

「君達に売る酒は無い。出てお行き!」

店に居た他の二組は目が点に。

小泉ケケ中改革以来、労働はコストという理屈が大手を振る。株式会社は株主の物。その使命は株主に最大利益をもたらす事だ。

確かに一見もっともである。仮に従業員の労働はコストゆえ出来るだけ軽減しようと労働力の再生産ぎりぎりの賃金が労働市場の標準となったとする。

金に余裕が無く市場は縮小衰退の一途。結果として産業が振るわず景気が悪くなる。おやおや今の日本だぜ。

送料タダの思想は合理的にみえて反社会的である。送料無料の先駆けのアマゾンだって、実は無料ではない。まず、規模の優位を傘に運送屋(ご存知クロちゃん)を叩く。販売商品の利益を多少食い込んでも「お安さ」を武器に市場に於ける寡占状態を完成すれば商品購入価格は叩ける、販売価格も競争相手が居なくなり好きに設定できる。これを見越しての釣り餌としての送料タダである。パナマペーパーで明らかになったが企業としてのアマゾンは、タックスヘイブンを使い合法的に莫大な金額を脱税した。税金はコストであるが人間社会維持の為の必要経費である。税収が無くなって道路やその他のインフラ整備が疎かになると最終的には翌日配達も不可能になりアマゾンの存続基盤を毀損する。大会社アマゾンからの税金不足分は絶対的多数の国民一人ひとりから消費税として広く薄く吸い上げればよい。消費税で安定的税収と言う猿チエ。これを実践してAB不況がある。

チンケなニイチャン二人のコストカット意識は積もり積もって自分の首を絞めるのだ。腹立たしくて仕方が無い。馬鹿者がそれと自覚し無い事が最大の悪である。


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# by sasatatsu | 2017-06-11 17:03 | その他 | Comments(0)

セカンドレイプを許すな

昔の事だ、毎日新聞の記者が沖縄返還に係る密約をスクープした。いわゆる「西山事件」である。

時の政府による国民への裏切り行為を下半身の問題にすり替えて誤魔化した。まぁ、取材源の秘匿も出来ない新聞記者と新聞社が生き残る日本もおかしい。

311でも証明されたが日本の大手報道機関は近現代資本主義国家に求められる「社会の木鐸もしくは第四権」として機能不全である。

なぜにして明治政府が明治憲法の制定を苦労して行なったか。西洋列国から非文明国と看做されて結ばされた不平等条約を改定する為には、封建体制では相手が交渉のテーブルに着かないからだ。

現代資本主義の持つ唯一の正統性は主権者の意思を反映している、と看做せる事にある。即ち民主主義が機能している点にある。そして民主主義が機能する事の具体的な現象は「言論の自由」が機能していることである。

野蛮な文明下では富の分配は殺し合いで決した。少々賢くなって、共通の約束事の下言論で決しようとなった。当然の事、建前である。トランプまでは女陰のことをあからさまに「お○ん○」とは呼ばなかった。そこに「カッコつけやがって偽善者め」と「赤信号ミンナで渡れば恐くない」を公言し、剥き出しの暴力が肯定された。オトナがしたり顔で「現実は厳しいのだ理想論は結構」という反動的哲学の時代だ。

半島北側国家の暴走を見ながら、森友・加計問題でプロレス興業に勤しむ代議士とそれを煽る正義漢面の嘘つき報道。

諦めてはいるが事ここに至っての沈黙は卑怯であろう。

準強姦・山口で検索されたい。被害者の女性が堂々と顔を曝して告発する。この勇気を褒め支えるどころか空気を読み忖度し、あろう事か件の女性をセカンドレイプして恥じない報道機関ってなんだ。勇気を出して顔を曝して強姦されたと訴える女性をネグレクトする事は不作為の強姦であろう。

裁判所が逮捕令状を出したと言う事は嫌疑が犯罪事実に近いゆえ公的な場所で事実を明かすべし。と言う事である。しかるに被疑者にして毎日新聞の有名記者は、不起訴処分ゆえ己が身は潔白と言い張る。事実に基づいて真実に迫る事で碌を食む者のとるべき態度か。堂々と法廷に立って無罪をこそかち取るべきだ。

検察側の忖度で不起訴というお土産を貰ってお返しはどうなる。

と疑われる事がすでにして報道機関として失格である。

これに加えて忖度に到る諸事情が事実とすれば法治国家が中共並みの人治国家の証拠である。


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# by sasatatsu | 2017-06-05 19:26 | いいたい放題 | Comments(0)

コピーと合成

日経ビジネスオンラインというオンラインマガジンがある。その530の記事に 有力ワインをコピーする「合成ワイン」の実力 というのがあった。この実験プラントでは日本酒のコピーも出来るそうで、試飲した日本人の記者は合成ワインよりも合成日本酒に驚いたようだ。下手に日本人で日本酒に馴染んでいるだけにインパクトが大きいのだろう。

コピーが芸術になる。コピー・芸術と検索ワードを入れる。想像通りにアンディ・ウオーホールにヒットした。モンローの写真のシルクスクリーンやキャンベルスープ缶が並んだシルクスクリーンと言えば誰しも観た記憶はあろう。

合成酒の歴史は日本にもある。1922年にあの理化学研究所が合成法を発明し特許を得ている。話は流れるが「理研わかめちゃん」と言う増えるワカメ(乾燥ワカメ)もビタミンAの製造法を理化学研から引き継いで食品メーカーとなった。

1922T-11)年の頃「サイエンス」は万能だった。あたかも10万馬力の鉄腕アトムが無条件で受け入れられた如く。今現在、原子力エネルギィで動く科学の子に将来の光を見るかだ。合成清酒は発売当初最先端の飲み物として注目を集めたと記録にある。

5/30の記事にある「合成ワイン」は最新の分析化学に基づき人では感応できない微量成分まで検出し該当する物質を同程度加えていくことで「造り上げる」そうで、合成というよりもコピーに近い。

当方の問題意識(たいそうな物言いだ)は、アンディ・ウオーホール製コピーがアートとして評価されるならコピーワインもクラフトワーク足りうるのか。である。

ここで少し考えた(ロク並みの知恵ではある)。日本酒は「再現性」を課題にするがワインでそれは寡聞にして知らない。何故か。ワインの酒質は原料の葡萄果汁の品質が大きく影響する。果汁の品質は畑の土壌とお天道様のご機嫌の有り様による。畑の土壌は地理的条件とお百姓の丹精による。それでも天候には勝てない。ワインの品質はかなりの部分お天道様のご機嫌に左右される。ご機嫌の良かった年はラッキー当たり年、即ちビンテージイヤーとなる。

他方、日本酒は多少(というか結構な程度に)米の質や天候に波が有っても麴の操作やモロミの操作で乗り越える。酒質に置ける人の技量の影響がワインに比して大きい。再現性が課題(価値)とされる所以である。

そこでコピーと言う発想が出る。

ビンテージイヤーのワインはそのビンテージ毎に個性がでる。同じビンテージ酒質という概念は出ない。さすれば当該ビンテージに限りなく近いフェイクでもコピーとしての価値はある。

以前のブログで益荒男山廃純米の「極」と「新酒生原酒」を比べて述べた。「極」は常きげんにおける農口尚彦の最後の酒。原酒による5年貯蔵である。新酒生原は農口の下11年修行した木谷杜氏の酒。熟成酒と新酒の違いは当然ある。しかし例えるなら血の繋がりを観る。親子の写真を見ると特に撮影時の年齢が近似する時「クリソツ」と笑ってしまう体験はよくある。

五百万石65%山廃純米7号酵母を、農口のように使いこなし、その繰り返しの中(再現)で最高の姿へ近づこう、と言う姿を見る。再現性を昇華した承継性を認めうる。ここまで来て「文化」となる。

ロールオーバーベートーベンとばかりに、「斬新」な風合いのパッケージにそれらしい味のニュウ・ウエーブの世界かに見える昨今の地酒。

流行を消費しつつ、換言すれば、お飯を食いつつ、「美しい物」を残す。ここに判りやすい実践例を観る事ができる。

それこそ「幸運」であろう。


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# by sasatatsu | 2017-06-05 17:42 | 酒の味 | Comments(0)

何でも有りの出鱈目の世界。噂には聞いたが、まさかここまでとは。と、今更ながら白々しい感想である。森友・加計事項についてである。傍目に一般人の常識ではどう見ても行政による法の執行が不平等である。

しかし、おもうに行政官の感覚としては自分に任された裁量の範囲における匙加減なのだろう。法には触れておりません、何が悪い。

裁量行政と言う言葉がある。ある事実を書く。

酒税法においてドブロクは密造酒ゆえに違法である。米を炊いて飯にする事と米を醸して酒にする事との間に「価値」の差異があろうか。国税収入の観点から密造酒が違法なだけ。さすれば造った当人が自主的に製造を申告し該当税を納めるとすれば良いではないか。現にNaCL(食塩)は専売制度から外れた。

何が言いたいかだが、ドブロクの違法性は麻薬のそれとは次元が異なると言う事である。

或る蔵がおお濁り純米を製造し『どぶ』と銘した。担当税務署はドブロクを連想させるとしてこの名の使用を認可しなかったと聞く。同じ頃当方は浅草寺の門前町に並ぶ立派な小売酒屋の店頭で『お待たせ!恒例信州のどぶろく近々入荷』というPOPとチラシを目撃した。長野県では『どぶろく』と銘した米の酒が合法で善男善女の衆目の下、堂々とあった。

結果として法の適用の不平等である。がしかし、法的には行政の裁量の範囲として合法だろう。ここで合法というのは裁判所で争っても行政判断が優先されて訴えた方が負けるという意味である。裁判官も人の子である。司法権の独立性ゆえその地位は守られるとは言うものの、司法行政の観点から見れば、気に入らない裁判官の人事は最高裁事務局の思うが侭。

経済のグローバル化の名の下、富める者は国境を越えて二次関数的に豊かになり、圧倒的多数が押しなべて貧乏になる。周りが押しなべて貧乏だから自分が不当に貧乏である自覚がない。そこへISや西洋歌留多が付け入る隙ができる。「なんとなく不満」感をくすぐるのだ。

現代資本主義下では合法的に不平等を増幅する事が許される。

行政即ち政権による管理とはこう言うことである。この構造の下で「共謀罪」が法定されるとどうなろう。他人事で想像力の欠如を誰が指摘しよう。

明治維新以降この国は事実上行政、言い換えると高級官僚の、独裁下にある。代議士の仕事は選挙公約で情けなくも叫ぶように、「国家予算の分捕り」すなわちどれだけ行政の関与を持ってくるかにある。立法が行政のしもべだ。では司法はと観る。既述したように裁判官は国から俸給を頂く高級特殊公務員にして組織の一員である。憲法に保障された独立性はその遵法精神担保にある。がしかし彼らも人の子である。人事権をにぎる司法行政に逆らえない。

つらつら眺めると法的構造はほとんどが行政権の行使の便宜を図るべくある。では、行政権は具体的には誰のために機能しているのか。簡単である。「資本の増幅」の為である。資本家とか労働者とかの階級の話ではない。社会機能として「資本の増幅」である。

そう言う物として受容するのか、何故そうなるのか本質を追求して考察するのか。学問する者の覚悟の程が試される。

故郷から見る新緑の稲葉山城

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# by sasatatsu | 2017-05-29 14:38 | いいたい放題 | Comments(0)