にほんしゅのせかい 言いたい放題


by sasatatsu

裁量行政とKY

巷間呼ばれる所の「アッキード事件」が、ワイドショウのネタと化したかに見える。僕は先のブログで「顔色の忖度に核心」と書いた。金の話を追跡すれば(大方の社会関係は金の流れである)8億円を超える土地の値引きが核心である。

役人の仕事であるから書面上の合理性は有る。ただ、社会通念上不合理なだけである。もっとも不合理加減も裁量の範囲を逸脱すれば「不法」である。

この点についても社会通念上不自然だが手続き上は問題無い様に見える。

行政官の裁量の範囲内か逸脱かに焦点が当てられるべきと思う。仮に裁量の範囲内(おそらく無理にでもそこへ行く)だとして核心は如何なる事情で社会的一般常識から外れた裁量行為を決定したのかにある。贈収賄などの現物が飛び交わない限り行政官(おそらく迫田とか言う御仁)の内心の問題である。

内心の問題に法は踏み込めない。

何故か。それを実行した歴史的事実が非人間的結果を生んだからその反省に立って現行憲法があるからだ。

この問題に田舎の潰れかけた酒屋がなぜ2度も意見を吐くのかである。裁量行政につきと或る事実を経験しているからだ。

良し悪しにつき、僕には判らないと言うしかない。で、如何なる事実か。

その昔或る酒蔵が活性濁り酒を製品化しようとし、名称を「どぶ」と付けようとした。それに対し管轄税務署は「違法などぶろくを連想させる名称は如何なものか」と忠告?され、万が一を考慮して「ど」とした。結果としてはこれが瓢箪からなんとかで目出度い。こんなエピソードを聞かされた年の3月第一週の木曜か金曜である。東京は浅草寺の門前通りのお寺に向って右へ抜ける道に品数豊富な地酒屋を見つけた。一般的に、この様なお土産需要の見こめる場所に地酒屋は立地しない。余計に印象に残った。その店の看板に近々入荷、好評信州のどぶろくとあった。おや?ドブロクとな。ドブロク特区のそれなら合法だが特区でしか売れないはず。不思議に思いパンフを貰って帰った。ちゃんとしたお蔵の一般市販活性濁り酒であった。

管轄税務署の裁量による合法的な行為の結果である。

これぞ天下の「裁量行政」なのだ。裁量については漱石の草枕冒頭文の如き悩みもある。しかし原則自由で問題が発生したら簡単に裁判所の判断を仰ぐという法の運用が本来であろう。

そうなれば森友事件の発生の余地は無い。そのかわりセージカの皆さんの活躍の場は議会にかぎられ役人は市民サービスに専念できる。

この事件のキモは日本人の「空気を読む」ビヘイビアと近代法との齟齬にある。

と法社会学的にまとめてみた。

大山鳴動ネズミ一匹のようなきがする。


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# by sasatatsu | 2017-03-18 19:41 | いいたい放題 | Comments(0)

リアリズムについて

どうしても「シラフ」で聴けない歌がある。

中島みゆきの「ファイト」だ。この曲の入っているであろうアルバムを手に入れることすら恐い(強い)。

中島自身が血反吐を吐きつつ、「あんたも血反吐を吐くまで戦っているかい」と。

60をこえたクソジジイながらも、積み重ねた馬齢を振り返りつつあまりに恥ずかしく「ファイト」に面とむかえない。

この歌はフィクションではない。まさしく現実のリアリズムだ。もっと手強い事に未来へと積み重なるであろう「ファイト」を予感させ、この齢でこの身体でまだ「ファイト」かい。と、苦しくなる。

新聞の広告欄は健康食品とシルバーエイジ女性(シルBBAと呼ぼう)の変身化粧品とBBA JIJの為の旅行案内で一杯。TVBS(ブスではない)のCMを観れば(地上波ではろくな番組がそもそも無い)世の中にはリタイアした老人しか居ないが如く。マーケットとして「最も美味しい」階層なのだろう。昨日はヒノキ風呂の付いた寝台特急で一人30万~120万ガバチョがJR。北海道では廃線が続くJR。若者が金欠で未来を見通せなくて結婚子作りは絶望的の一方で。年齢的には僕もこのトンデモ八分の末席なのだろうが、何処の世界やねん。懐かしのフォークとか70になろうとするアイドルのホテルディナーショウ。流行っているのが60過ぎの同窓会。

中島みゆきの「ファイト」の前にすべて砕けたガラス細工と化す。

リアリズムに勝る物はない。作詞ではあるがリアリズムである。

この文書は卓郎の「流星」が名曲だと耳にし、ヨウツベで聴いた後の心境である。

30過ぎて黒髪の少女に仄かな思いだとさ。みゆきの方が、オトコらしい。

『おれは彼女に心を捧げた、でもあの娘は魂をよこせと。振り返るなもう行くぜ』

同じラブソングでも魂の遣り取りがディランだ。リアルだ。

日本酒におけるリアリズムとは。

課題が既にシュールだ。しかし僕は本気だ。「ファイト!」

鬱病の薬を強くしてもらった。きっとそのせいだ。気にするな。


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# by sasatatsu | 2017-03-17 19:06 | 酒の味 | Comments(0)

ヒラヒラの世を泳ぐ術

昨日の事である。弊店のお客様でとても真面目な紳士のお一人が、驚いた表情で僕に訊いた。

「あのー、新政の何とかいうやつ数字の付いた。ロクでしたか」

「ああ、ナンバーシックスですね。それがどうかしました。」

「あれって高いんですか。なかなか手に入らない貴重な酒とかききますが。」

と真剣な表情でお尋ねである。この御仁までもがアラ真坂と思いつつ、

「秋田市では3軒だけの取り扱いです。手に入れたいのなら市内よりも大都会の有力地酒屋でしょうかねぇ。その類の酒にはとんと疎いので・・・・。」

とスルーしようと。

「いやね、あれって五千円位するんでしょ。このまえカワバタのお店で、ほら名物女将の居る店ですよ。珍しい手に入らない酒と言って飲まされた。」

ナンバーシックスには720mlのみで数種あるが五千円と言う物は初見である。おもわずPCで検索。ナンバーシックスの公式HPがヒット。エックス・エス・アールと紹介される。(発音してみると妖しいな。)

「ほら、ここですよ。でも一番高くても2480です。なかとりかかくは未定とありますがね。それだって倍ちゅうことはないでしょ。」

黒龍のしずくクラスの人気沸騰振りに感心しきり。トンキンとか豚まん国とか金に糸目をつけない?場所ならまだしも秋田でしかもカワバタいうたらあーた,

ご本家のお膝元。あくどいクソBBAも居たもんだ。

カワバタちゅうとこは秋田一の歓楽街でその外れにご本家もある。近くには「雪美」の蔵もある喚呼の位置には高清水本社工場もある。僕は身障者の現在は寄りもしないが健常者の頃は仕事で寄る事もあった。がしかし、面が割れているので出来るなら単独行はしたくない。芳しいお風呂もあって、カワバタを歩いた翌日は誰かに「シャッチョー!昨日イタネ、ミタヨ。」と、めんどくさくてしゃーない。まぁ冷やかされるのも愛称として、だ。

一見でカワバタの店に入るのは絶対しない。25年前、まだ東京から秋田へ来て程無い頃だ。業界関連の待ち合わせでカワバタの小さなバーと言うかスナックというかそこのカウンターに独り座って「とりあえずビール」とやった。出たのはあの頃まだ大赤字の三鳥麦酒の小瓶だ。なぜ、三鳥か。麦酒大赤字の三鳥は角やダルマの金魚酒拡売成功体験で、麦酒に関しては業界の掟破りの机の下があった。スカートの内なら恨みはせぬが・・・・。要は当時、金に汚い店は三鳥だった。小瓶を飲み干した頃、待ち合わせの相手が来た。

「ママ、お愛想」に「ゴセン50005千円」の請求であった。エコー一個が『イッコ一個』に聞こえる僕は当然秋田弁では無くトーキョーベン。秋田へ一見の東京者とみてふっかけた訳だ。四半世紀前の恨みまだ持っている。執念深いのだ。

これを思い出すと件の紳士も丁寧な標準語である。ではあるが、お仕事柄接待でアルコールは普通の向き。一見でぼられるタマではない。とするとほんとに720ml五千円なりかも。

この手の話題を聞くと

「そりゃーそんな酒頼む奴がわりーぜ」と嗤うのだが、件の紳士は本当に貴重な酒をサービスされたと思い込んでいたようで・・・お気の毒の一言。

こうしてエピソードのネタにされる蔵もお気の毒ではある。

有名繁華街で知らない品物を、ましてや一見なら危険が危ない、と言う話である。

三鳥のゴセンもシックスの請求額から見て原価ゴセンもカワバタにおける事実である。これが全てとは言わない。朴訥で鄙びた北の果てという幻想はお気をつけ遊ばせ。なかなかどうして。的も猿物引っかく物だ。

お前ならどうするだが、誰もが知っていてそれなりに飲める高清水精選辛口の燗酒なら安心でうんまい。地酒屋でたまに大手をくさす「知ったか」がいるが、ありゃ旨いぜ。もっと辛いのが良けりゃ太平山銀紋か。もち熱燗な。

どちらも弊店では扱わない。お向かいのスーパーが宜しいようで。

右も左もヒラヒラとウッソビョーンの世界。せめて酒は『本物』を。

注釈 本物 とは内容も価格も互いに見合った物

   ヒラヒラ 岡本おさみが卓郎に書いた詩


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# by sasatatsu | 2017-03-17 12:07 | 酒の売り方・買い方 | Comments(2)

マル経的経済学だと、経済活動の活発化で余剰が出てくる。それを貯める。そのお宝を巡って諍いが始まり、イクサとなる。

諍いの度に首が飛ぶのは宜しくないと言う事で弁論により雌雄を決しようと、議会制民主主義が制度化された。

まぁ、とてもアバウトな話だ。

とにもかくにも、現代の争い事は全て言論を基調とする弁論に依る。したがって政治家の言葉は非常に「重い」と言いたいが。

出ちまったよ、と目を覆いたくなる「赤信号ミンナで渉れば怖くない」である。

西洋歌留多である。がしかしその前に「大嘘も堂々と言えば真実」と言う見本があった。恥ずかしながら我が国のプライムミニスタABの「アンダーコントロール」である。

ここしばらくの「アッキード事件」の言葉のやり取りを見るに、幼稚園児に聞かせたくない程お恥ずかしい。伊達めがねに網タイツの弁護士あがりの女史に至っては「君ほんとにベンゴシかい」と思わず口にするほど大嘘付のコンコンチキ。

親分が親分だけにでんでん。

議員の数だろう、恥をそれと知ってか知らずか。取り巻きのマスゴミもゴミを超えて毒物だ。

公務員が国家財産を、お偉い人の「顔色」を「忖度」して、邪に処分したのだ。

問題は高級公務員が「政治家の顔色を忖度して」法を曲げてシラン振りにある。

顔色の忖度であるから「不法は内心にある」。すなわち肝心のお偉い人は無傷となる。お隣韓国の最高裁の様に「気分で有罪」が許されない。これをやれば、共謀罪など制定せずに処理できる。

隔靴掻痒の気分になる構造は「顔色の忖度」にある。

と明確に判れば後は簡単。忖度した人物を公に引っ張り出し、不自然な事実に付き何故不自然なのか「証言」させれば良い。

この類の公務員の見えない不正、恣意的行政行為はこの国に在っては朝飯前である。ここに公務員がシロアリの存在たるレゾンデートルがある。

コームインの胸先三寸が無くなり、本物の法治国家・・・・・。

書いていて虚無感に襲われた。

とまれ、アッキード事件は明治以降の官僚政治につき白日に曝すいい機会ではある。もっともその上には横田幕府が・・・・でんでん。


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# by sasatatsu | 2017-03-16 11:42 | いいたい放題 | Comments(0)

岡山の津山市に難波酒造がある。弊ブログでも時々紹介する。ここ最近は「味を占めて」、全国鑑評会や県、広島局の公的な評価会はもとより、雨後の竹の子の如く出てきた各種コンクール“にも積極的に参加しているようだ。外の世界を観る事は大切だ。何故こんな描写をするのかだ。

この蔵の蔵元は女性である。醸造責任者たる専務のご母堂である。専務は「百薬の長」の科学では無く「百薬」の出身である。思うに専務氏の若い頃に蔵元であるお父上を亡くし、ご母堂が経営する蔵にクスリ屋兼任で帰ったのであろう。

そのお父上のご遺言が「鑑評会の類に出品するな。鑑定官を蔵へ入れるな」だったとか記憶する。今は最新式の火入冷却システムを新設したがその前のシステムも30年以上前の設計としては画期的である。ただし蔵内の衛生管理の余程の徹底が前提である。

お父上の造られた醸造システムは当時としてはそれなりの工夫であったろう。鑑評会に出すな鑑定官を入れるなと言う遺言は難波酒造のスタイルを洗練させろと言う事だろう。それを奥様と息子氏と杜氏は良くわかって実践した。

その結果がいきなりの各種出品で優秀な成績となる。特に驚くのは岡山県の純米酒の部で「朝日米65%」が首席を取ったことだ。

チューンした一般市販車のレースでノーマル車が優勝するくらいの事である。

まだ若い専務は種々試したく、オルツドックな造りではない。杜氏が良く出来ている。昨秋の事、おやと言う情報を目にした。

「山廃純米大吟醸雄町40%」というのに挑戦したらしい。蔵の基調は備中杜氏らしく淡麗旨口だ。専務氏はやたら辛口という言葉が好きらしく製品に頻繁に「辛口」と言うフレーズを付ける。米が原料の醸造酒は原則と言うか基調は甘いのだ。と何度も言うのだが。30年も『辛口ドッツラァーイ』を聞かされるとゲッペルス理論が成立する。ふわっつと優しく切れて行く和心の何処がカレーのかい。それはさて置き、40%米大をいきなり山廃でやってくる意図はどこに。

「家(ウチ)の酒は比較的低酸で、もう少し酸が欲しいな、で、山廃を試した」ような返事だった。

駆け出しの頃、当時の「秋田清酒の技師」にして南部流の名人、角田篤弘氏に教わった言葉を思い出す。「いいか佐々辰、良い速醸は限りなく山廃に近く、良い山廃は限りなく速醸に近い」今なら科学的に理解できる。生モト系酒母の本質は酸に在るのではない。たしかに乳酸が目立つ事はある。

乳酸醗酵過程で酒母中のリノール酸の消費が多く、酵母は酵母生成過程において残ったバルチミン酸を主体に取り込んで生育する。よってアルコール耐性が速醸モトより強い酵母が出来る。優秀な酒母と言う点では上手く作った速醸モトも同じである。名人角田氏の言うとおりなわけだ。

件の酒は昨年の12月に仕入れてみた。27BYだとおもうが酒が硬く味が無い。酵母は御得意のダブル酵母では無く酢イソ系だろう。金沢(1401)かも。

この蔵の悪い癖がはっきり出ている。雄町40%純大吟だ。アチャーと天を仰いだ。業界で言う所の「フクロ香」が在る。この匂いに敏感な向きにしか感応しない程度であるが有無を言えば有る。そして好ましい物ではない。ここの酒にはフクロ香の付く物とそうで無い物とに法則性を見る。原因は上槽時期の不連続時の管理不良であろう。現場を見ていないので断言は出来ない。僕なりの想像である。

この蔵は火入冷却作業も的確にこなす。さらに代表する製品が活性にごり本生である、とHPにある。「にごりの難波」と呼ばれる程らしい。酒税法では清酒と呼ぶようにモロミを濾す過程が法定されている。モロミを濾して大濁りを造るのはかなりの技術が必要であることを、当地の千代緑の杜氏にして経営者殿から訊いて、「ヘエー」であった。伊達に40年以上売れ続けるのではなく裏づけがあった。

ただ、大濁りとなると繊細な香りや味は圧倒的なモロミの高級ドブロク感に隠れてしまう。豪快に米の味を出し切ると言えばモロにモロミ故、その通りだが、清酒と観ると「大雑把」である。「フクロ香」もしくは「ヤブタ臭」に鈍感になるのでは。などと考えつつ昨年の12月、こいつをどうしようと悩んだ。

気のつく向きは少ないだろうがしかし、確かに在る。加えて原料の特性としっかり沸いてエキス分も酒精へと行ったのだろう味が寂しい。余程の晩生なのだろう「酒が若い」のだ。思い出せばここの看板である和心雄町60加水バージョンの原酒も遅くまで硬かった。

秋田の冬である事も考えて店内環境常温で放置してみた。1.8L5千円720ml二千五百円だ、当方にすれば大博打である。3月の第二週に常温放置バージョンを開けてみた。

立ち香は硬質で透明な酢イソ系のそれを芯に少し赤い果実様の妖しい衣がふわり。で件の匂いは。確かに有る。しかし初見から3カ月で難点をカバー出来る位にはなっている。吟香が熟成によってよりはっきりする。ここの酒は飲み頃の確定が難しい。朝日米65%純米に到っては時間とともに面白く変化する、劣化しない。含んでみる。利き酒流儀でジュルジュルとやると「臭」が気になる。その類の欠点を利き分ける作法ゆえあたりまえである。これをしないで酒を食す如くグビリと流す。喉奥上顎あたりに柔らかくしかし、はっきりと芳醇を連想する旨味をあてつつすっと引いてゆく。淡麗旨口とは言い得て妙である。

40%まで磨いただけの風格の一片を観る。このまま経過すれば難点を隠すかも知れない。こう言う表現は客観性を欠くが、現時点では味香り等総合すると「ヤブタ臭」という欠点を超えて作品として認めうる。

ヤブタ臭は製造の進行管理不足とみる。これは蔵の専務の腕の無さの証明であろう。一方熟成に連れて欠点をカバーせんとする酒質は雄町の偉大さとそれを上手く引き出す杜氏の腕であろう。

専門的な興味のある向きは「TCA日本酒」で検索されると面白いだろう。ワインの場合「プショネ」と呼ぶらしい。結構な微量でも感応する類の匂い、としてどの蔵も神経質になってなりすぎは無い。

生酒にも特有の香りと言うより匂いがある。「生老ね臭」と呼ぶ。「臭」であるからしてカオルチャンではなく「クサイ」である。実は「生老ねの佐々辰」と別称がつく程に僕はこの匂いに敏感である。展示会などでは思わず『ウッ!ナマヒネ』と呟いてしまう。脳卒中以来補助で横に居るわが飼い主殿は律儀にメモ欄に『ナマヒネ』と記入する程だ。もっともこのナマヒネ臭、人によっては生らしくて良い。と言う向きも有る。

有る無しを言えば気が付くか付かないかの僅かでも有る。と言うのが客観的な態度であろう。しかし嗜好品としてみればその欠点を超えて尚、有意である。という見方も必要に感じる。『アバタも笑窪』と言う主観的な話では無く、客観的な評価においても欠点を超えて尚云々(デンデンとABが読んだらしい)と言う姿勢も世の中の余裕としてあってしかるべき。等と考えてしまった。

ワインは加点法による評価、一方日本酒は減点法による評価といわれる。十字グラフに落とせばX=○Yの+領域線上にプロットされる日本酒の風合いに対し、グラフ全面にバラバラにプロットされるワインのそれ。ここに加点法減点法の根拠を観るのだが、金太郎飴現象を避ける意味でも『難点を超えて尚でんでん』を心の隅に生かしておきたい。

大げさに表現すれば和心山米大雄町40は佐々辰にとり「悩ましい酒」である。

ばん!と太鼓判ではない。しかし気になる存在である。僕と一緒に悩む価値は「蟻」さんと「蟻」さんがごっつんこだ。ウン?


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# by sasatatsu | 2017-03-15 19:56 | 酒の味 | Comments(0)